リッケンバッカーのギターのことならエレキギター博士!
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Rickenbackerリッケンバッカー社(Rickenbacker International Corporation、RIC社)はアメリカ合衆国の楽器メーカー。主にエレキギターを主力製品として、アコースティックギター・弦・ストラップなどを製造しています。日本国内では新星堂が正規代理店です。 創業当時から手作り(ハンドメイド)にこだわり、今でも材料の切り出しから全て手作業で行っているため、一般のギターより割高となっています。 世界初の商品が多いのも同社の特徴です。1932年に発表されたフライングパンは一般に発売された最初のエレキギターです。(外注のボディにピックアップを組み込んだエレクトリック・スパニッシュ・ギターも同年発売。自社製のエレクトリック・スパニッシュ・ギターは1935年に発売。)エレクトリックベース、エレクトリック・バイオリンも世界初の発売。 歴史1931年、元ナショナル社のジョージ・ビーチャムらにより母体となるロー・パット・イン・コーポレーションがロサンゼルスに電気楽器とアンプの製造を目的に設立され、1934年にエレクトロ・ストリング・インストゥルメント・コーポレーションと社名を変更。翌1932年、世界初の商品化されたエレクトリック・ハワイアンギター「フライングパン」を発表し、世間に広く受け入れられました。 当時の製品群のボディーは木材ではなくアルミニウムのダイカストやベークライトで作られていました。これは創始者の一人アドルフ・リッケンバッカーが金物工場を既に経営しており、これらの設備を使って製作できた為です。逆を言えば、自社で木工をする設備は持っていませんでした。アドルフの従兄で撃墜王として有名であったエディー・リッケンバッカーの知名度を利用する為、ブランド名として「リッケンバッカー・エレクトロ」を使用しました。 1953年、フェンダー社の販売代理店だったラジオ&テレビジョン・イクイップメント社の経営者のF・C・ホールがリッケンバッカーを買収。 ラジオ&テレ社はフェンダー商品を全米に広げた原動力となったが、同年、同社のセールス・マネージャーだったドン・ランドールを社長として設立されたフェンダー・セールス社にフェンダー商品の販売は移行されることになります。両社の関係は1955年まで続くも、F・C・ホールによるリッケンバッカーの買収はフェンダーとの関係が切れた後の楽器ビジネスを考えてのことのように思えます。実際、その後リッケンバッカーはラジオ&テレ社の販売網を使って全米に売り出されました。 この頃、ドイツ出身のギター職人ロジャー・ロスマイズルが入社し、現在にも繋がる多くのエレクトリック・スパニッシュ・ギターのモデルが彼の手により生まれ、既に時代遅れとなっていたラップスティール・ギターに代わり主力商品となっていきます(ロスマイズルは後にフェンダーに移り、コロナド等のアコースティックボディーのギターや、ビートルズの映画「レット・イット・ビー」でジョージハリスンに使われたオールローズのテレキャスター等を製造する)。 音の特徴同社のエレキギターは、ヘッド部にRickenbackerロゴ入りの大きなトラスロッドカバーを設け、ボディ部のピックガードにも大きな独特な形状のものが設けられているのが特徴です。また、ブリッジ付近にはシャープな切れ込みが入っています。ヘッドは3枚の板を接着した構造になっていて、薄い塗装のため判別しやすいのが特徴です。 これらの特徴から、たとえ同社のロゴを見なくても一目で同社のギターだと判別できます。硬くて芯の太い音は、ネックのよじれ防止として内蔵されている2本のトラスロッドによるところが大きいでしょう。 主な使用アーティスト
ジョージハリスン
1960年代はビートルズのジョン・レノンがモデル325(6弦、12弦)、ジョージ・ハリスンがモデル360/12(12弦ギター)モデル425(6弦ギター)、ポール・マッカートニーがモデル4001S(4弦ベース・ギター)等を使用した事もあり、ギブソンやフェンダー等の大手メーカーを凌ぐ人気を誇りました。
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